#37みなみちゃんからバトンを受けとりました、今季新加入の#3さおりです!
「幼少期について」ということなので、私の幼少期について、覚えている範囲で少しお話ししたいなと思います!!
私は、愛媛県宇和島市という山と海に囲まれた城下町で中川家の長女として産声をあげました♪
田舎であるため、近所の方々と密接な関係の中で育ちました。
今でも近所の方との交流は多く存在します。
その方々から今でも絶対に言われることがあります。
それは、「さおりちゃんは1番上の子だからすっごく大切に育てられたんだよ!」と・・・
色々な方からお話を聞くところによると、父親の武勇伝が沢山・・・
私が一番驚いたことをここで紹介したいと思います!!
私の両親は商店街で商売を営んでいて、よく商店街で遊んでいました。
日中は良く散歩がてら、父親が私を抱っこして商店街を歩いていたそうなのですが、
かわいいね~と言われながら、頭を撫でられたり、手を握られたりした時、父親はどのような対応をしていたと思いますか?
正解は…速攻でそのままお店に入り触られた所を拭いていたそうです。
今となっては笑い話。潔癖と言えど、やりすぎではないかと・・・(笑)
そのような父親を理解してくれる、温かい近所の方々にも大切に育てていただきました。
その中で私が1年の内で1番好きだった町のイベントは「夏祭り」です。
毎年違った衣装を着て「ガイヤカーニバル」という踊りに参加したり、ハッピを着て「牛鬼パレード」に参加していました。
それがこの写真たちです。常に2個下の弟と一緒でした。
そして、この写真にあるように常に弟と同じペアルックのお洋服を着ていた記憶があります。
全く記憶にはないのですが、2歳くらいから母親と文字の勉強をし、一通り読み書きができるようになった2歳半の段階でピアノとバレエを習い始めたそうです。
そのお陰か、年に数回しかピアノを弾かなくなった今でも文字を読むように音符が読めていることには、感謝ですね。
ピアノは大学卒業までやっていたので、一番長く続いた習い事だったのではなないでしょうか。
夜な夜な練習をして、机の上で寝るようにピアノの上で寝てしまって、腕に鍵盤の痕がつくことは日常茶飯事でした。
私が苦楽を共にしたピアノがこちらです。
その他にも、そろばん、塾、英会話、習字、お琴、バイオリン・・・挙げるときりがないくらいの習い事をさせてもらいました。
もちろん小学生の頃は毎日習い事、1日に習い事のはしごは当たり前でした(笑)
絶対大変でしょう!子供の頃から・・・そんな・・・と良く言われるのですが、
そのような日常は私にとっては当たり前で、日々が苦にならないくらい充実して楽しい毎日を過ごしていた記憶しかありません☺
もちろん、放課後、友達と遊んだ記憶はありません。習い事で友達と会っていたことが私の遊びでした。
早朝、父親にジュースを餌にゴルフの練習場に連れて行かれていたことも、習い事がない日の夜に商店街のアーケードの下で家族で様々なスポーツをしていたことも今となってはいい思い出です!
そのゴルフも途中ブランクはあったものの、趣味の1つとして今できていることは財産の1つだと思っています。
この中で、サッカーやフットサルという単語が出て来ていないことに気づいた方はいらっしゃるかと思います。そうです!私は、幼少期からボールには触れてきませんでした!!
社会人になって、大学院に行かせていただいている時に、フットサルと出会いました!!
まだまだフットボール歴が短い私ですが、これからもチームのために頑張っていきたいと思いますので、応援の程よろしくお願いいたします。
それでは、幼少期のお話はこのくらいで終わりにしたいなと思います☺
次のブログは私と同じく今季新加入の#6みゆに任せたいと思います!お楽しみに‼